『厨房のありす』永瀬廉“倖生”を「俺のせい」から解放した亡き父の愛情と新しい家族の存在

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『厨房のありす』永瀬廉“倖生”を「俺のせい」から解放した亡き父の愛情と新しい家族の存在

酒江倖生(永瀬廉)が自身の父・十嶋晃生(竹財輝之助)の死の真相に向き合う過程が描かれた『厨房のありす』(日本テレビ系、毎週日曜22:30~)第8話。

自分は父親が同性愛者であることを隠すために嫌々作った子供で偽物の家族だと思い込んでいたのも辛かっただろうが、かと言って真実が必ずしも人を救うわけでもない。

五條製薬の研究所の所長だった晃生は、知らぬ間に開設された自分名義の口座に研究費が入金されていたことで横領犯の濡れ衣を着せられたようだ。さらにはこのまま罪を被らなければ息子を危険に晒すとも脅されていた。

息子の安全は最優先で守りたいし、でも無実の罪を被って息子から失望されたくない。そのどちらをも守るため、晃生は最悪の道を選んでしまったのだ。そうする他ないと思い詰めてしまったのだろう。

八重森心護(大森南朋)が父親を追い込んだのかもしれないと疑っていた時の方が倖生ももしかすると幾分か気が楽だったかもしれない。他に恨む対象がいた方が、気持ちのぶつける先が明らかだ。実際には父親が罪を被って息子の期待を裏切るか、真実を晒して息子を危険に晒すかの二択に迫られていたと知り、全てを自分のせいだとまた自身を責めてしまう。無邪気に父親の仕事に憧れ尊敬の眼差しを向けていたことが自身の知らないところで父親を追い詰めていたのだと後悔してもしきれないようだ。

しかし、晃生にとって倖生は何より大切な愛すべき存在であると同時に最大の急所であり弱点だったからこそ、そこを逆手にとって横領犯にも利用されたわけだ。自分は父親から誰よりも愛されていた――心護の口から最も欲しかった言葉が聞けて安堵した部分もあっただろうが、それだけで終わらずまた新たな葛藤が倖生の中で生まれてしまうことが辛い。父親を自慢に思いその仕事ぶりを無責任に喜んでいた裏で晃生が1人苦悩していたことに気付けなかった自分自身が誰より恨めしいのだろう。

またしても本人に確認しようがない後悔を抱えた倖生には、腕を負傷しながらもそれを隠して息子のために大張り切りで奮闘する三ツ沢金之助(大東駿介)のことが理解できない。自分が晃生にぶつけられない行き場をなくした思いを金之助に吐露してしまう。無理を重ねた結果取り返しのつかないことになった後にもそれを「息子のために」と言うのか。そんなことになったら息子がどう思うか想像しないのかと問い詰めた倖生が「勝手っすよ」と亡き父親にはもう届かぬ複雑な感情を溢す。

しかし、倖生だってまさに同じことをしていることに自分は気づいていない。自分のことを心配してくれる八重森ありす(門脇麦)を気遣って無理して明るく振る舞っている。その無理に時に押しつぶされそうになりながらも、それよりも大切なありすへの気持ちを自然と優先しているではないか。晃生だって同じだったのではないか。大切に思う存在が決して重荷になっていたわけではなく、たとえ空元気になってしまったって多少無理をしてでも喜んでいる姿が見たいと自然と願ってしまうものではないだろうか。

ありすが見つけた自分だからこそできる倖生の支え方

そしてその気持ちはありすだって同じだ。キャラ変かと思うほどに無理して明るく振る舞う倖生に「嘘の笑顔は嫌いです。無理をするのは不健全です」と直接的な表現をぶつけてしまい初めて2人はケンカしてしまう。少し離れて歩く2人の後ろ姿が寂しそうで心許ない。

しかしいつだって自身の思いを口にはできずに心の奥底に押し込めてきた倖生が、心護に胸の内を明かし、ありすや金之助にちょっと声を荒げて感情をぶつける姿を見るとちょっぴり安心もする。自分の気持ちを“なかったこと”にはせずに、静かに絶望するのではなく、自身の喜怒哀楽を表に出せていることでもあるのだから。

落ち込む倖生を前に自分は人を気遣うことも空気を読むこともできないとお手上げ状態のありすに“彼女らしさ”を取り戻させたのは意外な人物だった。ありすが作ってくれたお弁当を突き返し八つ当たりから思わずきついことを言ってしまった松浦百花(大友花恋)が、初めてありすの料理を口に入れる。そして迷わず言った「これが作れれば十分じゃん」は、今のありすにとって最大の賛辞でありエールとなったことだろう。

全てを1人で抱え込んでしまわずに自身で補えきれない部分は皆でカバーすればいいと言う百花の言葉から着想を得たありす。おでんの屋台を開き「おでんはみんなの力を合わせておでんになります」「みんながみんなを美味しくしちゃう」と熱弁する。それは何かと“やせ我慢”しがちな倖生や金之助に互いに染み出しあって助け合うことの必然性が届いてほしいありすならではの、彼女にしかできない寄り添いであり励ましだった。そして倖生に1人じゃないこと、家族のようなものだから頼ってほしいし頼りにさせてもらいたいことを伝えた。

ありすと倖生から大切な存在を奪った出来事は繋がっていた

さて、ミステリー部分も大きな動きを見せる。ありすの母親・五條未知子(国仲涼子)が亡くなった25年前の火事はどうやら放火のようで、未知子を狙ってのことだったようだ。蒔子(木村多江)の話によると、誠士(萩原聖人)が火事の現場から自分も火傷を負いながら未知子を救い出したようだが、彼が放火犯であり晃生に横領の罪をなすりつけた張本人なのだろうか。

あるいは会長・道隆(北大路欣也)の仕業か。新薬のレビューを担当する医師にデータ改竄を持ちかけられた蒔子は、10年前にも同じことがあったこと、そしてその医師に対して相当な見返りが便宜されていたことを初めて知り動揺していた。しかしそんなことをする必要があり、かつそんなことができるのはかなり上層部の内部の限られた人間だけだろう。むしろこの医師に支払われた賄賂こそ晃生名義の口座に振り込まれていた研究費の一部だったのかもしれない。なんだか大きな手に負えない不穏な動きに巻き込まれてしまっているありすや倖生は真実に辿り着けるのか。

文:佳香(かこ)

次回第9話は3月17日に放送される。なお現在、民放公式テレビ配信サービス「TVer」では、第1話~第3話、ダイジェスト、配信限定の「化学で簡単レシピ」なども配信中。

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