“曲げられない女”と“曲がらない女”は違うと主張する谷原さん。今回のドラマタイトルにちなみ、谷原さんご自身に“曲げられない男”としての志や見解を伺うことにしました。また社会で生きていく上で、信念を曲げないことの難しさについても語っていただきました。
――ドラマのタイトルは『曲げられない女』ではありますが、男女問わず「曲げられない」部分はお持ちだと思うのですが……。
僕自身、「これは許せない」とか、「こうでありたい」ということはしっかり持ちたいとは思っています。ただ、何でも自分の主観というか、自分が正しいと思うことだけを、全部に当てはめようとは思いません。社会には白黒はっきりつく問題もあれば、グレーな部分もあったりするじゃないですか。それが限りなく黒に近いグレーだったとしても、「黒に近いグレーは黒なんだよ!」って人に強制する気は、さらさらないです。そこまでしたら独立独歩。誰とも仲良くならず、自分一人で生きていくしかないですからね。
――自分の正義を一方的に貫くのは違う……。
そうですね、相手に強制することは、相手を疲れさせちゃいますから。早紀は「助けてくれ」って璃子と光輝に頼ったけれど、それが曲がっているのかっていうと、僕はそうじゃないと思う。“曲げられない”ということを大事にしていくとしても、人とぶつかるようなことや、はっきり答えが出ていないことまで、全部を曲げないことが重要だとは思わない。時には柔軟に、曲げてもいいことは曲げてもいいじゃないですか。だから僕は“曲げられない”ことのポイントを絞っていけばいいのかなと思います。
――ドラマを観ていると“曲げられない”、“信念を貫く”ということは良いことばかりではなさそうにも見えます。「そうやって今まで何を手に入れてきた?」という璃子のセリフもありましたが、谷原さんはどう受け取っていますか?
あのセリフは売り言葉に買い言葉じゃないですけど、ケンカの時に勢い余って出た言葉だと思うんですよね。早紀は司法試験に挑戦している9年間、大好きなチーズやワインを断ったり、賞味期限が切れそうな牛乳から買ったり、育英会のお金を返していたり、きちんと真面目に、誰にも迷惑かけずに生きているわけですよ。「アリとキリギリス」で言ったら、早紀はアリで、璃子と光輝はキリギリス。それがアリの生き方を見て「間違っていたかも」って思い直したから、仲良くなったわけですよね。璃子も光輝も、早紀と出会ったことによって、違う価値観に気づいたんです。だからあの発言は璃子がキリギリス時代に思っていたこと。嘘ではないけど、心底そうは思ってはいないと僕は思いたいですね。
| #00 今週のインタビューゲストは、谷原章介さん |
| #01 ドラマの展開について、終盤を迎えての感触は? |
| #02 早紀という女性、光輝というキャラクター |
| #03 “曲げられない男”として信念を貫くには? |
| #04 『曲げられない女』が受けているワケ |
| #05 『曲げられない女』の最終話の見どころ |